「嬉しいことばは自分を変える」
村上信夫(元NHKアナウンサー)著
はなしききや!?
名刺に「はなしききや」と書いてあった。
名は坂本純子とある。
この人も「全身で聴く」ことが出来る人に違いないと、ボクのセンサーが働いた。
坂本さんを訪ねて、千葉県船橋市まで行ってきた。
坂本さんは、八十歳らしいが、どう見ても六十代にしか見えない。
笑顔がはちきれんばかりだ。声がハツラツとしている。
坂本さんは、第二と第四の水曜日、午後一時から三時半までは、きまって船橋市勤労市民センターの喫茶室にいる。
派手に募集もしないのに、三々五々、話を聴いてもらいたい人がやってくる。
悩みを抱えた人が、笑顔あふれる人生を送れるように、少しでも心の負担が軽くなるよう、全身を耳にして聴く。
坂本さんは、高知で生まれた。
ご本人曰く「いごっそうに近いはちきん」だそうだ。
「いごっそう」は頑固で気骨のある快男児。
「はちきん」は、明朗快活なはっきりした女性のこと。
ともに土佐の男と女を表す代名詞だ。
その両方を兼ね備えた坂本さんには、心を打ち明けやすいのかもしれない。
ことばの音を聴く
坂本さんの夫が、大腸がんになり入院したとき、見舞いに行っては口論していた。病にいら立つ夫、看病疲れを理解してもらえない妻、双方の気持ちのすれ違いが原因だった。
これではいけないと、坂本さんは、「傾聴ボランティア」の講座を受講した。
「傾聴とは、自分を信じた上で相手を信じることが大切」だと教わった。
自分がいちばんできていないことだった。
自分がどれだけ傾聴できるのか試してみようと始めたのが「はなしききや」のカフェだった。
もう三十回続けてきた。
坂本さんの試みには、「全身で聴く」ヒントがいくつもあった。
大きな吐息が出る辛さも、気が晴れない悩みも、聞き取る。
「心のマンホールの蓋」が取れて言葉が飛び出すのをひたすら待つ。
中途半端なやさしさは持たないようにしている。
その人のかかえる現実を受け止めるだけ受け止める。
そのとき自分の感情は控えるようにしている。
そして、いちばん大切にしていることは、相手のことばに込められた「感情の音」を聴き分けることだ。
同じ「大変なんです」ということばでも、語尾の微妙なニュアンスを聞き逃さないようにしている。
語尾が上がるか下がるか、語調が強いか弱いかで心理状態が違うはずだ。
その「感情の音」に合わせてリアクションすることを心がけている。
「身体は食べるものでできている。心は聴いてきたことばで出来ている。未来はこれから発することばで出来る。だから、どういうことばを使うか、いつも自分にといかけている」と、坂本さんは言う。
感情を勘定にいれない
この日は。「ききや」ではなく「しゃべりや」になってしまったと、坂本さんは笑っていた。
「そりゃあ、話を聴くプロですもん」と、ボクは心の中で呟いたが、「ききや」を自称する人の想いを、必死になって聴いた。